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福島地方裁判所 昭和33年(行)4号 判決

東京都葛飾区本田立石町五七四番地

原告

渡辺兼太郎

右訴訟代理人弁護士

松崎憲司

山口嘉夫

福島県平市仲町三番地ノ二

被告

平税務署長 熊谷治郎

右指定代理人検事

滝田薫

法務事務官 遠藤消

大蔵事務官 斎藤正男

成瀬格

鈴子貞冏

三浦吉光

右当事者間の国税賦課処分無効確認請求事件について当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和三十二年六月二十四日附(原告の陳述した訴状請求の趣旨中六月二十五日とあるのは六月二十四日の誤記と認める)をもつて訴外渡辺武雄に対してなした同人の昭和三十一年度分の山林所得金額を金四、八一〇、〇〇〇円とする決定および金四一五、八七〇円の無甲告加算税を賦課する旨の決定は、いずれも無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、

一  被告は昭和三十二年六月二十四日附決定通知書をもつて、原告の先代渡辺武雄(以下武雄と略称する)に対する昭和三十一年度分山林所得金額を金四、八一〇、〇〇〇円、これが所得税額を金一、六六三、五〇〇円とする決定および金四一五、八七〇円の無申告加算税の賦課処分をして、同日これを同人に通知したところ、武雄は同年七月十二日死亡したので、子である原告はその相続人として、その権利義務一切を承継した。

二  右所得金額および所得税額の決定は、武雄には昭和三十一年度分の山林所得が全くないにもかかわらず、これありとしてなされたものであるし、無申告加算税処分は前示所得について確定申告がなかつたことを前提としてなされたものであるからいずれも重大かつ明白な瑕疵があつて無効である。すなわち、

武雄とその養子である訴外渡辺貞美(以下貞美と略称する)は、昭和二十一年頃から武雄または原告の所有名義になつていた別紙第一目録記載の山林原野(以下たんに本件山林とする)略称するおよび農地の各所有権の帰属をめぐつて紛争を続けてきたが、昭和三十一年十一月十五日武雄および原告と貞美およびその子の訴外渡辺武(以下武と略称する)との間に、「原告および武雄は毛上を含む本件山林は勿論農地その他一切の財産を貞美に贈与すること「但し武雄の居住する隠居家屋およびその宅地は除外する)貞美はその代償として金八、〇〇〇、〇〇〇円を武雄に贈ること」等の趣旨を内容とする示談が成立し、爾来本件山林は貞美の所有に帰したものである。もつとも同月二十六日平簡易裁判所において、武雄および原告の代理人市井茂と貞美および武側の代理人大嶺庫との間に、右示談の内容とほぼ同一の趣旨を和解条項とする即決和解が成立し、その和解条項や前叙示談契約書に、本件山林に生立する立木を右贈与物件から除く趣旨になつているが、これは貞美をして金八、〇〇〇、〇〇〇円の示談金念出に当てるため、右山林上の立木を直ちに売却処分せしめることの便宜上、その所有名義を原告側に帰属させておいたにすぎない。

以上のようないきさつで貞美はその所有に帰した本件山林のうち別紙第二目録記載の山林、原野に生立する立木(以下本件立木と略称する)を、示談成立の同月同一五日訴外滝口寅雄に売渡し、これが代金八、〇〇〇、〇〇〇円を受取つたものであるから、本件所得税の課税対象となつた山林所得は貞美に帰属しているのであり、本件所得税および無申告加算税は同人に対して課されるべきものである。

三  なお、所得税法第五条ノ二第一項は、相続人以外の者に対する無償による資産の移転(例えば遺贈または贈与)があつた場合に適用される筋合いであつて、本件のように示談により始めて資産の帰属が決定した場合に適用されないものであるから、同法第九条第七号または第八号に規定された山林譲渡による所得または資産譲渡による所得はありえない。

とこのように述べた。

被告指定代理人らは、主文と同趣旨の判決を求め、請求原因に対する答弁として次のように述べた。

一  被告が昭和三十二年六月二十四日附をもつて原告主張のような山林所得金額および所得税額を決定しその旨通知したこと、その後原告の先代武雄が死亡したこと、昭和三十一年十一月原告らと武雄らの間に示談ならびに平簡易裁判所における和解が成立したことはいずれも認めるが、武雄と貞美が本件山林等の所有権の帰属をめぐつて長年争つてきたことは知らない。その余の原告主張事実は争う。本件課税の決定処分は次の理由で適法であり、まして無効原因となるような重大かつ明白な瑕疵はない。

(1)  武雄は昭和三十一年十一月十五日その所有する本件立木を訴外滝口寅雄に代金八、〇〇〇、〇〇〇円で売渡し、同月二十六日右代金全額を受取つた。よつて被告は右代金額を所得税法(昭和三十二年法律第一六〇号による改正前の法律)第九条第七号による武雄の同年度における総収入金額としてこれから同条同号及び昭和三十二年大蔵省告示第三十一号所定の金額を控除して本件課税対象である山林所得金四、八一〇、〇〇〇円を算定し決定したものである。

かりに右立木の売渡代金が所得税法第九条第七号の総収入金額に該当しないとしても、同条第八号または第九号もしくは第一〇号の各総収入金額のいずれかに当るから、武雄が課税対象である所得を有していたことは明らかである。

また、かりに武雄が本件立木を昭和三十一年十一月十五日貞美に贈与したものであるとしても、右は同法第五条の二第一項によつて贈与の時の価格による資産の譲渡とみなされ、依然として本件課税処分と同様の納税義務を有することには変りがないのである。

(2)  ところが、武雄において右のように昭和三十一年度の山林所得を有しながら、所得税法第二六条第一項所定の確定申告書を提出しなかつたから、被告は前示(1)記載の山林所得金四、八一〇、〇〇〇円を基礎に同法第一二条、第一三条所定の方法により武雄の所得税額を一、六六三、五〇〇円と算定して本件所得税の決定をするとともに同法第五十六条第三項に基き同項所定の算定方法に従つて金四一五、八七〇円の無申告加算税処分をしたものである。

証拠として、原告訴訟代理人は甲第一号証ないし第一〇号証(第一〇号証は一、二)を提出し、証人加藤清美、市井茂、滝口寅雄の各証言および原告本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認める、と述べ、被告指定代理人は乙第一号証ないし第七号証を提出し、証人山野辺秀松、大嶺庫、渡辺貞美、渡辺武の各証言を援用し、甲第三号証、第一〇号証ノ一、二の各成立は知らない、その余の甲号各証の成立を認める、と述べた。

理由

被告が昭和三十二年六月二四日附決定通知書をもつて武雄に対し、原告主張のような昭和三十一年度分所得金額および所得税額の決定ならびに無申告加算税処分をして、その旨通知したこと、その後武雄が死亡し、原告がその権利義務一切を相続承継したことは当事者に争がない。

一  所得金額および所得税決定処分の適否について。

まず本件立木の譲渡による金八、〇〇〇、〇〇〇円が果して被告主張のように武雄の収入であつたか、それとも貞美の収入に帰すべきものであつたかどうかについて検討するに、成立に争のない甲第四、五号証、乙第一、二号証、証人滝口寅雄、大嶺庫、渡辺貞美、渡辺武の各証言に弁論の全趣旨を総合すると、

(1)  貞美は大正五年頃から石城郡三和村大字上市萱字諏訪六二番地の養家に居住し、農業を同人にまかせて東京市内で生活していた養父武雄所有の農地を耕作したり、本件山林等を管理したりしてきたが、戦時中郷里に疎開していた武雄は昭和二一、二年頃その所有山林の一部を原告に贈与してこれが所有権移転登記の手続をすると共に、貞美を相手方として離縁の調停を申立てるにおよんだこと。

(2)  このようないきさつから、貞美は昭和二二、三年頃武雄を相手取り当裁判所平支部に右農地、山林等の所有権確認請求の訴を提起したが敗訴したので、さらに仙台高等裁判所に控訴して係争中、訴外加藤清美、山野辺秀松らが紛争の円満解決をすすめたこともあつて、昭和三十一年十一月十五日武雄および原告の代理人市井茂と貞美およびその子武との間に、武雄および原告はその所有する農地、宅地(但し宅地の一部を除く)ならびに山林、原野を武に贈与するが、本件山林に生立する立木は武雄が所有するという趣旨を内容とする示談が成立したこと。

(3)  同日武雄は本件立木を、代理人市井茂を通じて訴外滝口寅雄に金八、〇〇〇、〇〇〇円で売渡しその頃右代金を受取つたこと。

(4)  同月二十六日平簡易裁判所において武雄および原告(両名代理人市井茂)と武(代理人大嶺庫)との間で、武雄および原告は武に対し、前記示談によつて同人に贈与することにした農地、宅地、山林および原野等の所有権移転登記手続をするが、本件山林上の立木は武に贈与しない旨を和解条項とするいわゆる即決和解が成立したこと。

以上の各事実を認めることができる。証人市井茂、加藤清美および原告本人は、武雄および原告が本件山林上の立木を含むその所有財産一切(但し武雄の居住する隠居家屋およびその敷地を除く)を貞美に贈与し、貞美がその所有に帰した本件立木を訴外滝口に売却したものである旨の供述をしており、甲第三号証、第八号証にもこれと同趣旨の記載がなされているけれども、右証人加藤清美の証言および原告本人尋問の結果によれば甲第三号証は原告が本件課税処分に対して異議を申立てる為の資料に供することを目的として特に作成されたものであることが明らかであるのみならず、さらに証人山野辺秀松の証言および前記各証拠に対比するときは、同各証の記載内容は到底信用できないし、前示証人市井、加藤および原告本人の前記各供述部分ならびに甲第八号証の記載もまた、以上の事実および前記各証拠に照らしにわかに信用するわけにはゆかない。また、成立に争のない乙第三号証の受領書には、「渡辺貞美氏と拙者等間の仙台高等裁判所民事部繋属中の事件の和解金として貞美氏から払込を受けるべき金額」との文言が記載されているが、前掲乙第二号証および証人大嶺庫の証言に、前記示談成立の際に作成ちれた甲第四号証(示談契約書)ならびに甲第五号証(和解調書)には何ら示談金もしくは和解金に関する記載がないこと等を総合して考察すると、各「和解金」という文言は、いわば示談ないし和解を前提にして所有権の帰属が確定した本件立木の売渡金という趣旨で記載されたものと認められるから、これをもつて前記(3)の認定を左右する証拠とはなし難く、むしろ武雄の代理人市井が右売渡代金を受頗した事実を肯認させる以外には他意がないものといわねばならない。他に前記各認定をくつがえし、原告の主張事実を肯認せしめるに足りる証拠はない。

しからば武雄は昭和三十一年度において、本件立木の売却により金八、〇〇〇、〇〇〇円の収入を得ているものというべきであるから、被告の本件所得金額及び所得税の決定処分は正当であつて違法と認めらるべき事由はない。よつてその余の点について判断するまでもなく原告の主張は理由がないというべきである。

二  次に無申告加算税処分の当否について判断するに、この点について原告の主張するところは、本件所得金額および所得税の決定処分には重大かつ明白な瑕疵があつて無効であるということを前提として、申告義務のない武雄に右所得額の申告義務ありとして本件無申告加算税処分がなされたのであるから、当然無効であるというにあるのであるが、すでに右所得金額および所得税額の決定処分が正当であつて何らの違法も認められない本件では、武雄は所得税法第二十六条第一項に基き昭和三十二年三月十五日までに確定申告書を提出しなければならない義務があるのにこれを提出したことの認むべきもののない以上同法第五十六条第三項所定の無申告加算税処分を受けるのは当然であり、この点についても無効原因は勿論違法の点を認めることができない。

以上の次第であるから、原告の本訴請求はいずれも失当としてこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 檀崎喜作 裁判官 大和勇美 裁判官 逢坂修造)

第一目録

福島県石城郡沢渡村大字上市萱字町頭百弐拾七番

一 原野 四畝弐拾四歩

字辻道弐拾九番

一 原野 壱反七畝弐拾参歩

字町頭百七拾九番ノ拾で

一 山林 六畝歩

字辻道六拾五番ノ九

一 山林 弐反壱畝歩

同字六拾番ノ拾四

一 山林 弐反四畝歩

同字六拾五番ノ弐拾

一 山林 弐反七畝歩

同字六拾五番ノ弐拾四

一 山林 弐畝歩

字長沢九拾七番ノ七

一 山林 九畝歩

字町頭七拾八番

一 原野 六畝弐拾歩

同字七拾九番

一 原野 壱畝六歩

同字百拾参番

一 原野 五畝拾五歩

同字百拾五番

一 原野 壱反参畝弐拾弐歩

字辻道参拾番ノロ

一 原野 弐反壱畝拾参歩

同字参拾七番

一 山林 弐反四畝拾壱歩

同字参拾九番

一 山林 弐反壱畝五歩

字町頭五拾参番

一 原野 弐畝弐拾五歩

同字百五拾四番ノ乙

一 山林 壱反四畝拾歩

字諏試百参番ノ乙

一 山林 四歩

同字百五番

一 山林 壱反弐畝歩

字町頭八拾番

一 山林 壱反拾壱歩

同字八拾番ノロ

一 山林 弐反歩

同字百弐拾七番

一 原野 四畝弐拾四歩

同字百四拾参番

一 山林 弐反弐畝歩

同字百六拾八番

一 山林 壱町八反参畝拾弐歩

同字百七拾壱番ノ乙

一 山林 弐反歩

同字百七拾壱番ノ丁

一 山林 参反歩

同字百七拾参番

一 山林 五反歩

字辻本弐拾九番

一 原野 壱反七畝弐拾参歩

同字参拾五番ノ丙

一 山林 参反歩

同字参拾五番ノ己

一 山林 弐反歩

同字五拾六番ノ乙

一 山林 参反六歩

以上

第二目録

福島県石城郡三和村大字上市萱字町頭百五拾四番ノ乙

一 山林 壱反四畝拾歩

字諏訪百参番ノ乙

一 山林 四歩

同字百五番

一 山林 壱反弐畝歩

字町頭八拾番

一 山林 壱反拾壱歩

同字八拾番ノロ

一 山林 弐反歩

同字百弐拾七番

一 原野 四畝弐拾四歩

同字百四拾参番

一 山林 弐反弐畝歩

同字百六拾八番

一 山林 壱町八反参畝弐歩

同字百七拾壱番ノ乙

一 山林 弐反歩

同字百七拾壱番ノ丁

一 山林 参反歩

同字百七拾参番

一 山林 五反歩

字辻道弐拾九番

一 原野 壱反七畝弐拾参歩

同字参拾五番ノ丙

一 山林 参反歩

同字参拾五番ノ己

一 山林 弐反歩

同字五拾六番ノ乙

一 山林 参反六歩

以上

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